King Crimson - 中期3作品(1972~1974)「太陽と戦慄」~「レッド」
そもそも「中期」っていう言葉を軽々しく使うのが憚られるくらい、キング・クリムゾンの歴史は長く、それこそ僕の人生よりもずっと長いんですが、まあいわゆる中期の1972年~74年にかけて発表された不世出の3作品が、
- "Larks Tongues' In Aspic" (「太陽と戦慄」)
- "Starless And Bibleblack" (「暗黒の世界」)
- "Red" (「レッド」)
です。1stアルバム「宮殿」で既に絶対的な評価を確立しているとも言えますが、この3作品をもってして、クリムゾンの全盛期・黄金期とする評価も多く目にします。別に甲乙つける必要はないと思いますが、「宮殿」がプログレ史の金字塔として黄金の輝きを放つならば、中期の三部作は"金属"のような鈍い光が底にギラいているとでもいいましょうか。
この中期作品は、2枚目"In The Wake Of Poseidon"から4枚目"Islands"迄に培った「静」とロック本来の持つハードさ(これは物足りない表現で、ヘヴィさと言った方が良い)である「動」の対比が大きな特徴になっています。「静」は内省的な暗さであり、極まったところでは「暗黒」と言った方が相応しいような代物です。精神的な暗黒、自らに内在する、底知れぬ闇です。
この内向きのベクトルを持つ「静」「暗黒」が、一方で外部に向いたとしたら、どうなるでしょうか。それは、圧倒的な暴力として、姿を現わすのです。凶暴な爆音が、「静」と「動」の対比で目一杯に強調され、襲い掛かってくるのです。
一方ジャズ的なアプローチとして、即興演奏=インプロヴィゼーションも欠かせないテーマとして打ち据えられています。ギターのRobert Frippは勿論、ベースのJohn Wetton、ドラムのBill Brufordを中心とした技巧的なメンバーがしのぎを削るインプロは、尋常では無い緊張感の演奏と先行きの読めぬ展開をもってリスナーに襲い掛かります。
静謐な美しさと哀愁、動のパートの暴力性とヘヴィネス、即興演奏によるただならぬ緊張感…これらの要素は高度な演奏テクニックとバンド・アンサンブルと目まぐるしく変化するバンド内の人間関係などよって混ざり合い、メロウなポップやフォーク、ヘヴィ・メタル、また単なるジャズ・ロックとも質を異にする新たな美学を打ち立てたのです。
後発のプログレ・バンドに、いわゆるクリムゾン・フォロワーはこの時期の音源に強く感化されたものが多く、現代のプログレでもAnekdotenやPorcupine Treeなど多くのバンドにその影響を見ることが出来ると思います。またメタル方面に与えた影響も大きかったのではないかと想像がつきます。
Larks Tougues' In Aspic(1973):太陽と戦慄
Larks Tougues' In Aspic/ Track List
- Larks Tougues' In Aspic, Part One (13:35)
- Book Of Satarday (2:56)
- Exiles (7:41)
- Easy Money (7:53)
- Talking Drum (7:26)
- Larks Tougues' In Aspic, Part Two (7:07)
Personnel
- Robert Fripp (ロバート・フリップ) - Guitar, Mellotron, Devices, Electric piano
- John Wetton (ジョン・ウェットン) - Vocal, Bass & Piano (3)
- Bull Bruford (ビル・ブルーフォード) - Drums
- David Cross (デヴィッド・クロス) - Violin, Viola, Flute (3)
- Jamie Muir (ジェイミー・ミューア) - Percussions, Drums (1,6)
Impression
Robert Fripp翁が1972年にそれまでのバンドにおける軋轢を解散によって消去し、新たな構想の実現のためメンバーを集めました。同じくプログレバンドのYesから引き抜いてきたBill Bruford(Dr)と旧友のJohn Wetton(Ba/Vo)、そしてヴァイオリンのDavid Cross(Vn)、即興集団のパーカッショニストだったJamie Muir(Per)です。
Jamie Muirは本作の重要人物です。中期クリムゾンの切迫感と面妖な雰囲気を引き立てる名演で大きな役割を果たしました。滞在期間の短さからライブ映像は多く残っていませんが、以下の動画で珍しくも演奏してる姿が見られます。ホイッスルを吹き周りバンドを鼓舞する様は、珍妙な用でありながらも、常軌を逸した雰囲気を与えています。なお、Muirは本作発表前に脱退の意思を表明していたと言われています。
KING CRIMSON - Larks' Tongues in Aspic, Part One
また、アルバム全体としての完成度という点において、最も隙がない作品であると思っています。頭と締を飾る表題曲のパート1およびパート2、Wettonの哀愁あるヴォーカルやCrossの扇情的なヴァイオリンが美しくも儚い"Book Of Staurday"、"Exiles"、Muirのパーカッションとウェットンのスキャットが不穏な"Easy Money"など各メンバーの持ち味が活かされており、曲のバリエーションに事を欠きません。
曲順も完璧で、強烈なイントロと中盤のインプロそして不気味なエンディングの"Larks Tongues' In Aspic Part One"から始まり、しっとりした味わいの"Book Of Staurday"、"Exiles"が続くA面。
B面は不穏な"Easy Money"から始まり、インプロ的な"Talking Drum"が緊張感を束ね上げ、エンディングで一気にブレイク、"Larks Tongues' In Aspic Part Two"へとなだれ込む流れは完璧です。各曲の完成度もさることながら、計算され尽くした曲順がアルバム全体を一層張り詰めた作品へと持ち上げます。
Melody Lark's Tongues In Aspic Pt II (Crossのヴァイオリンがアンプに繋がってますね)
続く2作も当然ながら名盤の誉れ高いですが、本作をクリムゾンの全てのスタジオ・アルバムの中の最高傑作とする意見も多くあるようです。三作では最初に"Red"で感銘を受けた私も聴き込むにつれ、単純なアルバム完成度の観点で見れば本作が最も上ではないかと感じるようになりました。メンバーの指向性の相違によってグループは崩壊しながらも、名作を世に送り出した中期クリムゾンですが、メンバーに最も恵まれた状態で制作された本作では、各個性を活かした幅広い表現がなされ、また非常によく構築された作品となったことは、ある種当然のことであるように思います。
ジェイミー・ミューア在籍時の音源で、素晴らしいクオリティのライブ盤もオススメです。
Starless And Bible Black(1974):暗黒の世界
Starless And Bibleblack/ Track List
- The Great Deciever (4:03)
- Lament (4:06)
- We'll Let You Know (3:42)
- The Night Watch (4:40)
- Trio (5:39)
- The Mincer (4:09)
- Starless And Bibleblack (9:11)
- Fracture (11:12)
Personnel
- Robert Fripp (ロバート・フリップ) - Guitar, Mellotron, Devices, Electric piano
- John Wetton (ジョン・ウェットン) - Vocal, Bass
- Bull Bruford (ビル・ブルーフォード) - Drums & Percussions
- David Cross (デヴィッド・クロス) - Violin, Viola, Mellotron & Electric piano
Impression
"Starless and Bibleblack"(邦題:暗黒の世界)はインプロヴィゼーション(即興演奏)に比重をおいたアルバムになっており、#1と#2以外の曲はライブ演奏やこれを元に編集を施した楽曲となっています。ライブ演奏特有のローファイ感、そしてモノトーンな音像が陰鬱な曲調によく一致しています。中期三作品の中では比較的地味な印象のアルバムではありますが、ライブとインプロ主体のアルバム構成なので、単純にスタジオ・アルバムとしての完成度を意図していないだけとも思えます。#2,#4など叙情性溢れる名曲、インプロヴィゼーション特有のグルーヴの構築経過が見れる#3や、あえてBrufordがドラムを叩かなかったという#5、次作の大トリ"Starless"と同様の曲構成(構想)を既に覗かせている#8など、欠かせない曲ばかりであり、やっぱり名盤ですよね。
ニヒルな雰囲気のあるリフから始まる#1"The Great Deciever"は本作が持つ狂気と、その裏側にある空虚な冷たさを象徴しているような曲です。
#2"Lament"は曲名からして既に暗いのですが、Wettonの哀愁のあるヴォーカルパートが終了すると、ヘヴィなベース・リフから不穏が加速します。脱退したMuirに代わってパーカッションを務めるBrufordもいい味を出しています。
#3の"We'll Let You Know"は即興演奏感の強いスカスカ演奏パートもありますが、Wettonのベース・リフを中心に曲が展開し、Brufordのドラムがしっかりとリズムを刻み出すところで一気にグルーヴが生まれてきます。これこそ即興演奏の妙味のひとつなんでしょうか。個人的にとても好きな曲。
#4"Night Watch"はしっとり路線でWettonの哀愁ヴォーカルとFrippのギターがとても儚い。Crossは序盤と終盤でヴァイオリン、中盤はメロトロンを奏しています。イントロだけライブ演奏で後半はスタジオ収録とのこと。
#5"Trio"はベース・ヴァイオリン・メロトロンによる掛け合い。とても即興演奏とは思えません。Brufordはスティックを胸前でクロスさせ、不参加の意思を示したそうです。後半のベース・リフがとても優しく、Wettonのメロディ・センスを感じます。
#6"The Mincer"は不穏路線、再び。これも即興演奏らしいが全くそうは思えない。緊張感に満ちた曲。ヴォーカルのみスタジオ録音とのこと。言われてみるとヴォーカル・パートでベース・リフが元気になっていたので、ヴォーカルが付け足されたものであると納得しました。
#7"Starless And Bibleblack"はあまりに強烈な即興演奏の世界に突然放り込まれたような感覚になる一作。ラストのブレイクまでは、メイン的なメロディがなく、リズム隊の掛け合いにギター・メロトロンが絡んでいく感じ。ちょっと難しい…。もう少し歳食ったらもっとよく味わえるようになりそうだと思ってます。1973年のアムステルダム公演が使用されているようなので、これを全編納めたライブ・アルバム「The Night Watch」で聴くと全く別に聴こえるかもしれません。
#8"Fructure"は本作の大トリ。Frippの高速アルペジオ的なリフを各所でフィーチャー。メイン・テーマが一旦登場したのち、超高速アルペジオのパートに。そこから締め付けるように一段のリフレインをなぞったパーカッションによる緊張感煽りのパート。パーカッションがヴァイオリンに変化して更に煽りまくる。溜りに溜ったところで一気にブレイク!そしてメイン・パートをハードなアンサンブルでもう一度…!メイン・メロディ→静寂のパート→緊張感煽り→メイン・メロディに回帰、みたいな流れって次作の"Starless"において完成する構想ですが、本作から既に見られているところが面白い。作曲クレジットがFrippのみなので、しっかりと構築された楽曲らしいところからも裏づけられます。
King Crimson - Fracture (OFFICIAL)
異常に張り詰めた演奏は最早即興とは思えないレベルの完成度となっていて、これをライブでやり続ければ、誰もが疲弊するよなぁ…と、特にクラシック志向のCrossはさぞや大変だったのだろうと想いを馳せます。本作をもって脱退したのも無理からぬや。
余談ですが何故か図書館のCDブースにクリムゾンだと本作のみが置いてあって、借りたのがいい思い出です。何故かそのバンドの超代表作って感じでもない作品だけをあえて置いてある図書館って近所にありません?(笑)
Red(1974):レッド
Red / Track List
- Red (6:16)
- Fallen Angle (6:03)
- One More Red Nightmare (7:10)
- Providence (8:10)
- Starless (12:17)
Personnel
- Robert Fripp (ロバート・フリップ) - Guitar, Mellotron, Devices, Electric piano
- John Wetton (ジョン・ウェットン) - Vocal, Bass
- Bull Bruford (ビル・ブルーフォード) - Drums & Percussions
Impression
前作"Starless And Bibleblack"を最後にヴァイオリンのDavid Crossが脱退、バンドはギター・ベース・ドラムのギリギリ編成となってしまいます。Ian McDonaldとMel Collinsら旧メンバーがゲストとして参加し、本アルバムは完成に漕ぎ着けたようです。
また脱退したDavid Crossもクレジットされていますが、ライブ・インプロヴィゼーション(#4)に参加していたのでクレジットされたにすぎません。
アルバム制作当時の段階でRobert FrippとJohn Wettonが相当不仲な状態になっていたようで、一緒に写真も撮ることができず、アルバムアートワークの写真は別々に撮影した3人をモノクロにして合成した、という逸話が残っています。メンバーの不仲によってバンドが崩壊してしまったことが解散の決定的な原因となったのでしょうか、本作発表直前にRobert FrippがKing Crimson解散の宣言を出したことにより、King Crimsonの歴史に再び終止符が打たれます。(まあ80年代に活動再開しますが)
解散することが決定的となった上で制作されたと思われる本作は、中期クリムゾン3作品の中で圧倒的にわかりやすい作品となりました。#1"Red"はハードなギター・リフが緊張感を煽る序曲。3人とは思えぬヘヴィなアンサンブルで聴かせます。
#2"Fallen Angel"は哀愁の曲。メロトロン、オーボエ、アコースティックなFrippのギター、そして何と言ってもWettonのヴォーカル・ワークによる悲しい歌詞がタマらなく、どこか遠くを見つめてしまいたくなります。サビではエレクトリックな展開に移行。コルネットもフィーチャーされているようです。
#3"One More Red Nightmare"はまたヘヴィなギター・リフが曲を先導。クラップ音にはリバーブ?のようなエフェクタが掛けられていて、太陽と戦慄の"Easy Money"のような不気味な雰囲気を醸しています。上記3曲は、繰返しの展開を多く用いているため、曲構成はわかりやすくなっていますが、曲の鋭さは以前にも増しているようです。またFrippのギター・リフが前に出て、曲を先導する傾向が増加しているようです。Crossの脱退により、バンドのバランスは危機的状態に陥り、Frippの強権的な姿勢が顕在化したようにも感じられ、面白いです。
#4"Providence"はインプロヴィゼーション。アメリカのProvidenceで行った公演から。序盤からDavid Crossのヴァイオリンの緊張感は破裂せんばかり。張り合うのはWettonのベース・リフ。Brufordのドラムスがテンポを煽るように参入してくると、演奏もスピード感を増していきます。Wettonのベース・リフが暴れまわる独壇場…と思いきや、Frippのギターも激しく呻き出します…。即興演奏による張り詰めた緊張感が途切れない一作。本作の全体的な音作りの傾向からは少し離れていてやや前作寄りか。それでもやはり素晴らしき哉、即興演奏。元になった即興演奏はライブ・アルバム"The Great Deciever"で聴けるようです(まだ聴いてないので反省してます)。
#5"Starless"。場に満ちるメロトロンの情感とFrippの硬質なギターが絡み合う出だしから哀愁が溢れる。Wettonのヴォーカルも最高潮に渋く、底暗い歌詞を歌い上げます。プログレッシブ・演歌とは言い得て妙かな。中間パートはFrippのギターが場を支配。ベースは地をうねり、パーカッションが1音を選ぶように重ねられ、緊張感が異常なほどに高まります。単調なフレーズを重ねるギター・ベースを側に暴れまわるBrufordのドラムが最高。支配的なギターのフレーズが変化すると、いよいよ…といった雰囲気でタイミングを合わせ、一気にテンポ・アップ!先ほどまでのフレーズが凶暴度と速度を増して繰り返されます。Mel Collinsのソプラノ・サックス、Ian McDonaldのアルト・サックスも参加し、最後のリフレインが繰り返され、曲は再び暗黒に戻っていくように、消えていくのです。King Crimsonも消えて、最後には暗黒だけが残るのだ…。
Wettonのメロディ・センス+Frippの緊張感&凶暴な演奏パート=名曲っていう印象があったけど、歌詞は専門のPalmer-Jamesによって書かれた("Starless and Bibleblack”の歌詞はWettonが執着した部分なので、書き換えられた)ものなのでちょっと理解が違うかも…?CreditにはCrossの名前もあり、脱退前から存在していた曲なのではないかと思います。 12分が一瞬の名曲。
Melody Starless ↑これDavid Crossいるけどいつ撮影したんだろうね
バンドがいい曲や名盤を作るタイミングって法則があると思いますが、バンドが崩壊するまで、崩壊する直前といった時期にはやはり名盤が多いように思えます。特にこのバンドの場合、演奏や環境をキワキワに追い詰めて緊張感を出し切りながら駆け抜けていったのであり、そこには様々な「限界」が、次々と立ち塞がっていったであろうことは、想像に難くありません。それでも、そのような「限界」に向かって挑戦していく過程における産物こそ名盤であり、ここで取り上げてない様々なライブ音源もまたそうでしょう。たとえその行き先が崩壊と虚無であったとしても…。